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【ドルチェ・アマービレ】(7)

 時間も余り無いので急いでトイレに駆け込む。
 個室に入りペーパーで拭いてからショーツを穿きかける。また汚してしまうような気がして、トイレットペーパーを折り畳んで、ショーツのクロッチに当て穿き直した。
 個室から出た所で美歌にバッタリ会う。
 『美歌、どうだったの?教えてよ。』
 下着を汚していた事には触れずに聞く。美歌は幾分上気した貌を鏡に映しながら、手櫛で髪の毛を整えている。
「綾歌・・・貴女、恍けているの?見ていた通りよ。・・・恥ずかしかった。目線が違う事が、あんなに気になる事だったなんて・・・特に・・教授の視線が、私のカラダを突き刺したように感じたら、腰の辺りが痺れたようになったの。」
 鏡の中の美歌。その美歌の目が少し潤んでいる。
 「綾歌、知っていたでしょう私が濡らしていたこと。女の子なのにこんな事言うのは恥ずかしいけど、教授に見詰められてドキドキして、胸がキュンとなって・・・みんなに見られても平気だったの、本当はね。イモが一杯居るなぁ、位にしか思わなかったのに。あのね・・綾歌・・さっき、教授が今日からレッスンに来なさいって、特別レッスンを受けなさいって仰ってくれたの。もう嬉しくて。この事を誰かに話したくて、話したくて。」
 え?・・・美歌にも特別レッスン。
 ど、どう言う事?・・特別レッスンは卒業まで受けられるのは1人だけ、その子が卒業してから次の子が選ばれると聞いていたのに、何故?
 何か教授の気に障る事を私がしたのだろうか?それとも、私は教授に見放されたのだろうか?
 教授の所へ行って、早く確かめなければ。
 「あやか・・綾歌ってば、聞いているの?」
 『え?なに?』
 「ん、もう!綾歌、あんたねぇ・・・いい、教授が今日講義の後に、付き合いなさいって言うのよ。それがね・・恥ずかしいんだけど、美歌に相応しいアンダーウェアを買うから一緒に来なさいと、仰るの。その後食事に行くそうなだけど、どう思う。?
 (そんな・・・教授・・)
 『どう?って何よ。』
 「綾歌、顔が怖いんだけどぉ・・つまり・・・食事だけなのかしら。って事よ。」
 『そうでしょう、他に何があるの?』
 「そっかぁ。綾歌ヴァージンだから、判らないかぁ?・・・あのね、やっぱ止めておくわ、ネンネの綾歌には早過ぎるもんね。」
 『ちょっとぉ美歌!あなたはどうなのよ?ヴァージンじゃないの?』
 美歌が教授に気に入られたのは、その事が原因だろうか?ノン・ヴァージンじゃないと 教授のレッスンに付いていけないのかしら?
 「と、当然よ。二十歳過ぎのオンナが、ヴァージンの訳無いでしょう?。あ、ゴメン綾歌。」
 美歌の優越感に満ちた目をひしひしと感じて、居た堪れなくなった私は、化粧室から飛び出た。
 ドシッ!
 『キヤァー!』
 【大丈夫か?綾歌君。】
 出口で教授とぶつかり、倒れ込んだ私をに手を差し伸べながら教授が尋ねる。
 教授の顔をまともに見られない。
 見れば涙で酷い事になるから。俯いている私に教授が。
 【昨日は聞かなかったが、綾歌君と千夏があそこで何をしていたのか、千夏も教えてくれなかったけど。今朝の二人を見て・・・君達はそう言う仲だったんだね。綾歌君には済まない事をしたね。お付き合いしている人が居るのに、特別レッスンは不謹慎だった。君にすると言ったレッスンの事は忘れて欲しい。】
 ハッとなって、顔を上げる。教授は誤解している。
 千夏先輩の事は憧れている、でも・・・・・
 美歌が急に特別レッスンに呼ばれたのは、このせいなのかしら?
 教授・・・誤解なんです。・・・・でも、声に出して言えなかった。
 憧れていた事は事実で、お付き合い出来たら。と言う気持ちも有る。その揺れる気持ちが躊躇させてしまう。
 【次は綾歌君の番だね、準備はOKかな?綾歌君の課題曲、ベリーニの『夢遊病の女』からどの場面を選択するのか楽しみにしているよ。最後だから・・・】
 そう言うと教授が離れて行く。
 後姿は確かに教授だ、でも・・羽根が畳まれていく・・私の眼に、はっきりと見えていた羽根がだんだん薄くなり畳まれていく。それは、私に対する教授の気持ちが離れて行くように思え涙が止まらない。
 追いかけたい、追いかけて誤解を解きたい。追いかけて縋りたい。シュトレーゼマン・・教授・・信じられない、あなたが美歌を選ぶなんて。

 【それでは次は綾歌君だね、ベリーニの歌劇「夢遊病の女」から選んでくれたまえ。それから・・もう視線の怖さについては感じたろうから、もうみんなの前で1段高い所でやらなくても良いよ。綾歌君の解釈で自由に演じてみなさい。】
 【その前に、復習だ諸君。ベリーニはベルリーニとも表記するが彼の歌劇〈夢遊病の女〉は、夢遊病を持つ娘アミーナの物語だ。アミーナが夜さまよって、村を訪れたばかりのロドルフォ伯爵の宿の部屋で眠ってしまった。そのため、嫉妬した婚約者エルヴィーノが婚約を破棄。しかし、絶望の底に落ちたアミーナが辛い思いを語りながら徘徊する姿を見て誤解が解け、目出たし、目出たしとハッピーエンドに終わる。ベルリーニの音楽には繰り返しがたくさんあるのだが、それは単なる繰り返しではなく、話の進行を意味しているのだ。
 ベルリーニの音楽は、単純性にその妙がある。メロディーもオーケストレーションも単純だ。しかし、その音楽には信じられないくらいの美しさと底深い悲しみが込められている。その中心はやはりアリアだ。ただ、コロラトゥーラと高音という高い技術が要求されることから、なかなか歌える歌い手がいないのも事実だが。綾歌君が歌いこなせるのか楽しみではある。】
 『教授・・・Ah! non credea mirartiをやります。』
 【ア ノン クレディア ミィラールティか・・・ そうだ、全員後ろを向きなさい。千夏も、綾歌君の伴奏とエルヴィーノ、ロドルフは私がする。村人を全員で、テレーザはそうだなぁ・・美歌君やってみなさい。】
 教授が何かを感じてくれたみたい。私は今の想いを曲に託し歌う。
 

    【Ah! non credea mirarti 「ああ信じられない」】

(綾歌:アミーナ)♪ああ、もう一度だけ彼に会いたい    別の人と教会へ行ってしまう前に♪

(千夏:ロドルフォ):♪聞いたか?     (美歌(テレーザ):♪あなたのことよ

    ♪空しい夢   聞こえるわ  聖なる鐘の音  彼が行ってしまう  
    ♪捨てられてしまった  私は悪くないのに  

 (全員:♪健気な心!)

    ♪神様、私の涙を見ないでください  もういいんです
    ♪私はどんなに辛くてもいい、 彼を幸せにしてあげてください  
    ♪それが私の最後の願いです
    ♪そうです   消えそうな心からの  それが最後の願いです

   (全員:♪ああ、あれこそ愛の言葉だ)

 綾歌は左手をあげ、薬指に有ったはずの指輪を探す演技をする。これが歌劇での歌い手の演技なのだが、皆が見ていない事を信じて、大胆な事を行う。
 タイトスカートをたくし上げ、教授から頂いたショーツを、教授の目に晒す。
 一瞬驚きの表情をシュトレーゼマンが浮かべた。

     ♪指輪、私の指輪、彼が取って行った  でも、面影までは奪えないわ
     ♪それはここに、 この胸に刻まれているから

〔胸の花を取る〕演技の筈だが、綾歌は、恥じらい、震えながらショーツをゆっくり降ろしていく。

     ♪永遠の愛の証し  いつもここに  花よ、お前にもう一度口づけを
     ♪もう一度口づけを  けれど、お前は枯れてしまった
     ♪ああ信じられない、こんなにも早く
     ♪枯れた花を見ることになるなんて
     ♪過ぎ去った愛と同じに  
     ♪お前もたった一日  たった一日の命だった

      (教授:エルヴィーノ:♪悲しみに耐えられない)

     ♪過ぎ去った愛と同じに

      (エルヴィーノ:♪悲しみに耐えられない)

     ♪たった一日の命だった  どうかこの涙を受けて
     ♪それで花がよみがえるのならば けれど枯れた愛は 私の涙でも戻らない
     ♪ああ信じられない  ああ信じられない・・・・・・

 綾歌は脱いだショーツを教授に渡すと、足早に部屋を出て行った。
 綾歌の顔は赤らんで上気しながら涙にまみれ.ていた。

 
  その日の夜『ラウンジ ソマーハウス』  パン・パシフィック横浜ベイホテル東急に綾歌と教授の姿が有った。
 そのラウンジから、大観覧車が夜景を背後に従え光の円舞を綾歌の目に映し出している。
 【綾歌君、ここのナイトタイムケーキバイキングは人気があるらしいよ。好きなんだろう?】
『教授ぅぅう。誘惑しないで下さい。あぁ・・チョコレートケーキがぁ・・』
【綾歌君、私の誤解と言う事なんだね。良くあそこまでう歌い込んだね。綾歌君の情感が痛いほど私にも伝わった。これまで通りに特別レッスンを君に施して良いんだね、】
 私はコックリうなづき目の前のケーキを一口で食べようとして、教授の頬笑みに気づき慌ててフォークを置いた。
【これを綾歌君。】
 教授から渡されたのは、ルームキーだった。
 カーッと顔が上気する。ドキドキ心臓が早鐘を打つ。
 そ、そんな事・・駄目です・・教授・・私・・わたし・・まだ早いと思うの。
 もっと教授の事を知ってから・・もっと教授に教えて欲しい事があるの。
 まだ・・もう少しだけ待って下さい。もう少し、大人になってから・・
 教授・・・・
 【誤解したお詫びに、今夜はここに泊って行きなさい。私は悪いけどここで失礼する。】
 え?・・・あぁ・・恥ずかしい。一人で妄想していたんだぁ・・・
 でも・・・誘われていたら・・わたし・・・
 
 教授が去っていく、夜景に浮かび上がるその背中にはまた、大きくて美しい羽根が翼を広げていた。
 振り向いた教授の顔が、ウィンクしている・・・手には・・キヤァー!さっきのショーツが握られていた。そうだわ・・いま私・・ノーパンなんだ。
 その夜はホテルの部屋で一人Hをしてしまった。教授に抱かれる所を想像して。


<参考1>
      マリア・カラスが歌う『Ah! non credea mirarti』が試聴出来ます。

     マリア・カラス試聴URL

      



<参考2>
なみにパン・パシフィック横浜ベイホテルの中にあるソマーハウスは、横浜デートにもおすすめ、大人のためのケーキバイキングを毎週木曜日と金曜日の夜に開催している。
 ケーキや数々のデザートに加えて、メゾン・カイザーのパン、ハムやチーズもメニューに並びます。宜しかったら女性読者の皆様、試しに彼とどうぞ。
    毎週木曜日19:30~22:30、金曜日19:30~23:00
※必ずご予約のうえご利用ください ※除外日:祝日
お1人様¥3,150、お子様(6~12歳)¥1,995
<アクセス>
みなとみらい線「みなとみらい駅」から徒歩約1分
JR根岸線、横浜市営地下鉄「桜木町駅」から徒歩約10分


もしかしたら・・PageTop【プリムローズ】(5)

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