天使のような悪魔の声で

　私は結婚前の妻の事はあまり良く知らない、私が聞かないからかもしれないが妻から　話をすることは殆ど無い。　たまに、聞くことが有っても妻の家族の事や小さい頃の話　だけだ。
　特に高校から大学そして社会人になってからの話をしない。真樹の事も実はあまり話　題になることが無い。
　妻はバージンではなかった。27歳にもなる大人の女性が男性経験が無いなどと考えた　事はない、当然だろう。
　 　私は結婚前の妻の事はあまり良く知らない、私が聞かないからかもしれないが妻から　話をすることは殆ど無い。　たまに、聞くことが有っても妻の家族の事や小さい頃の話　だけだ。
　特に高校から大学そして社会人になってからの話をしない。真樹の事も実はあまり話　題になることが無い。
　妻はバージンではなかった。27歳にもなる大人の女性が男性経験が無いなどと考えた　事はない、当然だろう。
　だから私は気にした事もなかった。
　今は私の妻なのだから。
　ただ、この間の妻の姿に驚き、妻の過去の経験がどうだったのかが知りたい。この頃　はそればかりを考えている。
　貞淑で清楚なイメージの妻がまるで別人のような貌を見せたことが気になる。
　（どんな性体験をして来たのか？私とは今まであのような事をしなかったのは何故だろ　うか？）
　私は確かめたくなった。
　本当にアレはただのプレイ上の擬態だったのか、それとも・・・・

　その機会は中々作れない、ちょうど仕事が忙しい時期に重なり打合せ会議など多忙を　極めていたからだが、心の片隅にもし本当なら・・・或いはもっと悪い状況でも起きな　いか・・・いらぬ不安にためらっていたからだ。
　ところが、ためらっている私に機会は向こうから訪れたのだ。
　その日夕食の時間に、私は会社での異動の話をした。自分の異動の話ではなく真樹の事だ。
　彼女は3年間の留学から帰国する事が発表された。それを妻に伝えたのだった。
　「なぁ、星野真樹の帰国が正式に決まったよ。多分本社研究室になるだろう。」
　「真樹さんが・・・本当？」
　「ああ、来月には戻って来るよ。なつかしいなぁ！」
　「えぇ・・ほんと。三年振りよね、元気なのかしら？」
　「なんだい。君達は連絡取り合ってるんじゃないのか？同期入社の上私たちが結婚した　のも、星野君のおかげじゃないか。」
　「そうなんだけど・・・すぐに彩が生まれて育児に追われてたから・・・」
　「じゃ、彩の事も彼女は知らないのか？」
　意外な話に私は驚いたが、妻の歯切れの悪さに納得のいかないモノを感じた。
　
　彩を寝かしつけた妻がリビングに戻ってきた。いつもならそのまま寝てしまうのに今　夜は私の傍に座る。
　「ねえ、今夜は私もビール頂こうかしら。」
　「珍しいな。」
　私は冷蔵庫から缶を取出し妻に渡す。
　「う～ん、美味しい。」妻は一息でグビグビッと飲む。あっという間に１本を空にし２　本目を空けていた。
　「あら、私が飲んじゃいけないの？」
　「いや、別にそう言う訳じゃないけど・・ずっと飲めないのかと思ってた，結構イケ　ル口なんだな。」
　「そう？結婚前だって。」
　「結婚前かぁ。そう言えばお前の結婚前の事って俺は何も知らないんだよなぁ。」
　何気ない一言のはずだったのに，妻は一瞬ビクッと身体を震わせた。
　「・・・・・・」
　「星野君との事だって，さっき口を濁しただろ。」
　「・・・・」
　「・・そんなに知りたいの？私の過去。」
　「あ，・・・うん」少々間抜けな生返事をしてしまった。
　「・・・・聞いたらきっと・・・私を・・・もう愛してくれない・・・」
　俯いた妻はポツリポツリと話す。
　思わずゴクッと唾を飲んだ。
　「・・・・なあ～んてね。何も話すような過去なんてないわよ。」
　そう言うと，持っていたビールをテーブルに置き私の肩に頭を乗せ呟いた。
　「私が愛している男はあなただけよ。今までも，これからもずっと。・・・信じて　　　ね・・たとえあなだが私を愛してくれなくなっても，私が愛する男はあなただけ　　　よ。」
　図らずも妻から愛の言葉を聞いて，私がいつも思っていた「私が愛するほど妻は私　を愛していない。」と言う自問に答えが返ってきたのだが，かえってその答えに漠然と　した不安が掻き立てられたのであった。